【実話ベース】「この部屋はやめましょう」と言いかけた線路沿いの物件が、ある親子にとって最高の部屋だった話

5分おきに電車、床が揺れる。それでも最高の部屋と言われた理由 現場の物語

※この記事は、実際にあった出来事をもとに脚色した物語です。登場人物と物件は特定できないよう変えています。

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この記事を書いた人
正 直(ただし なお)

はじめまして!「とんでも不動産」の正直です。

品川区のオフィス街にある「とんでも不動産」で、駆け出し営業マンとして毎日もがいています。入社して間もない僕のもとに、とんでもないご相談を持ち込むお客様が次々とやってきて、四苦八苦しながら業界の裏側を"正直"に学んでいる毎日です。

口癖は「ぶっちゃけますけど…」「同業者に怒られますけど…」。こんなこと教えたら僕の営業成績下がるんですけど、お部屋探しで損しないために必要な現場のリアルを、未熟ながら誠実にお届けします。

いつかは先輩、主任、店長…と昇進していく予定です(たぶん)。一緒に見守ってもらえたら嬉しいです!

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3か月、決まらなかった

そのお客様とのお付き合いは、気づけば3か月目に入っていた。

お母さんと、小学4年生の息子さん。お子さんの転校にあわせての引っ越しで、条件はただ一つ、そして一番やっかいなものだった。

「この学区の中で、お願いします」

学区は住所で決まる。道一本向こうに出れば、もう別の学校だ。地図に赤ペンで囲んだ枠の中に、間取り、家賃、日当たり、全部がそろう部屋はなかなか出てこない。

新着が出るたびに電話をして、内見して、首を振られて、また探す。期限は夏休みが終わるまで。カレンダーの8月が一枚ずつ薄くなっていくのを、僕は毎朝見ていた。

8月29日、その部屋は出てきた

夏休みが残り3日になった朝、いつものように新着を見ていた僕の手が止まった。

学区の枠のど真ん中。2LDK。家賃も予算の内側。築年数も悪くない。

正直、目を疑った。3か月探して一度も出なかった条件が、全部そろっている。

ぎりぎりで見つかった、あの朝

すぐに電話をかけた。

「出ました。今までで一番いいです。ただ、この条件だとたぶん今日中に申込が入ります」

お母さんの返事は一言だった。

「申し込みます」

その日のうちに書類をそろえ、申込を入れた。1番手。電話を切ったあと、店の奥で小さくガッツポーズをしたのは、ここだけの話だ。

現地で、床が揺れた

申込を入れた翌日、僕は念のため一人で現地を見に行った。図面ではわからないことを、自分の目で確かめておきたかった。

建物の前に立って、すぐにわかった。

線路が、真横にある。

部屋に上がってベランダの窓を開けた瞬間、遠くから音が近づいてきた。

フォーン。

警笛が鳴り、電車が目の前を通り過ぎていく。窓ガラスがびりびりと鳴り、足の裏に、かすかな揺れが伝わってきた。キッチンに置かれていた管理会社のコップの水が、小さく波を立てていた。

5分もしないうちに、また次の電車が来た。

「こりゃあかん」

線路の真横のベランダで

声に出ていた。3か月かけて、やっと見つけた部屋だった。でも、お子さんが毎晩ここで眠り、ここで宿題をするのかと思うと、とても「いい部屋です」とは言えなかった。

残念な報告のはずだった

店に戻って、受話器を握ったまましばらく動けなかった。

意を決して電話をかけ、見てきたことをそのまま伝えた。線路の真横であること。電車の音がかなり大きいこと。通過のたびに少し揺れること。

「申し訳ありません。申込は入れていますが、この部屋はおすすめできません。別の部屋を、もう一度探させてください」

電話の向こうが、少し静かになった。

そして、お母さんが笑い出した。

「あの、実はうちの息子、鉄道が大好きなんです。いわゆる鉄オタで」

「……はい?」

「線路の真横で、電車が見えて、音も聞こえるんですよね。それ、あの子にとっては最高の部屋です。そんな部屋を見つけてくださって、本当にありがとうございます」

受話器を持ったまま、僕は固まっていた。お詫びの電話をしたはずが、お礼を言われていた。

お詫びのはずが、お礼の電話に

後日談

引っ越しが無事に終わったあと、お母さんが店に挨拶に来てくれた。そこで、転校の本当の理由を教えてもらった。

「実は、鉄道クラブのある学校を探していたんです」

あの学区のしばりは、鉄道クラブのある学校に通うためだった。そして、その学区で見つかった部屋は、線路の真横だった。

僕が3か月かけて探していたのは、学区の中の部屋ではなかった。電車が大好きな男の子の、夢の部屋だった。

最悪の部屋は、誰かの最高の部屋

あの日、ベランダで「こりゃあかん」とつぶやいた僕は、あの部屋を「最悪の部屋」だと決めつけていた。

うるさい。揺れる。落ち着かない。たしかに、多くの人にとってはそうだと思う。

でも、あの男の子にとっては違った。電車が5分おきに目の前を走り、警笛が聞こえ、床が少しだけ揺れる。それは、毎日がお祭りみたいな、世界で一番の部屋だった。

誰かにとっての最悪は、誰かにとっての最高になる。

部屋に、いい部屋も悪い部屋もない。あるのは、その部屋を最高だと思ってくれる人に、まだ出会えているか、いないかだけなのかもしれない。

引っ越しの日、段ボールを運び込みながら窓の外を見つめていた男の子の顔を、僕はたぶんずっと忘れない。

缶コーヒーと、夕暮れの線路

フォーン。

遠くで、また電車の音がした。

この仕事は、まだまだやめられないな。

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