※この記事は、実際にあった出来事をもとに脚色した物語です。登場人物と物件は特定できないよう変えています。お金・法律・手続きの部分は事実のままです。
「別居は、引っ越さない」
この仕事をしていると、自分の中にいくつか「説」ができてくる。
そのうちの一つが、これだった。
「別居を考えている人は、引っ越さない」
ひどい言い方に聞こえるかもしれない。でも、本当にそうだった。
「夫と別居したくて」「妻と距離を置きたくて」と相談に来る方は、一定数いる。みなさん真剣だ。真剣だからこそ、こちらも真剣に説明する。
まず、初期費用。敷金、礼金、仲介手数料、保証会社の初回保証料、火災保険、鍵交換。家賃の四、五か月分は見ておいてほしい、と。
次に、入居審査。保証会社は収入を見る。仕事をしていないと、そこで止まる。
そして、引っ越しそのもの。荷物をどう分けるか、子供の学校はどうするか、住民票は。
ここまで話すと、たいていの方の顔が変わる。「少し考えます」と言って帰り、二度と来ない。悪いことじゃない。引っ越さないという選択が、その人にとって正しかったのだと思う。
だから僕の中で、それは「説」になっていた。別居の相談は、ほぼ成約しない。
その説を、たった一人のお客様が覆した。
一人で来た人
ある平日の昼過ぎだった。
三十代の女性が、一人で店に入ってきた。仮に、ミサキさんとしておく。
「あの、別居を考えていて。部屋って、どうやって借りるんでしょうか」
本当に、何も知らない人だった。敷金と礼金の違いも、保証会社という言葉も、初めて聞くという。結婚してからずっと、住まいのことは全部ご主人が決めていたそうだ。
「お子さんは」
「二人います。小学生と、保育園」
「お仕事は」
「今は、していません」
僕は紙を一枚出して、初期費用の内訳を書いた。家賃を仮に九万円とすると、敷金、礼金、仲介手数料、保証料、保険、鍵交換。合計を書いて、丸で囲んだ。四十万円を超えた。
ミサキさんは、その数字をじっと見ていた。
「それと、審査なんですが」
僕は言葉を選びながら、保証会社が収入を見ること、お仕事がない状態だと審査が難しいことを説明した。
ミサキさんは、ずっと紙を見ていた。顔を上げなかった。
「……わかりました。少し、考えます」
そう言って、頭を下げて、帰っていった。
また来ないだろうな、と思った。説のとおりだ。
その日、僕はお客様カードにミサキさんの名前と「別居希望・子2人・初期費用と審査で保留」とだけ書いて、ファイルに綴じた。

一年後の電話
それから、一年が経った。
ミサキさんのことは、正直に言うと、忘れかけていた。来店の記録はファイルの奥にあったけれど、開くことはなかった。
ある日の午後、電話が鳴った。
「ご無沙汰しております。一年ほど前に、別居の相談でお伺いした者なんですが」
名前を聞いて、一瞬で思い出した。お子さんが二人いて、仕事はしていないと言った、あの人だ。
「初期費用の目処が、つきました」
受話器の向こうの声は、一年前よりはっきりしていた。
「もう一度、お話を聞いていただけますか」
一年間、何があったのかは聞かなかった。聞かなくても、あの四十万円を超える数字を、この人は一年かけて用意したのだとわかった。
「もちろんです。いつでも来てください」

「無職は、そのままなんです」
来店したミサキさんは、一年前とは別人のようだった。
希望の間取り、家賃の上限、エリア。全部、自分で決めてきていた。「子供二人と三人で住める、できれば学区の中で」。その条件も、ちゃんと言葉になっていた。
ただ一つ、変わっていないことがあった。
「仕事は、まだ見つかっていません。無職は、そのままなんです」
一年前、僕が「審査が難しい」と言った、あの部分だ。
でも今回は、僕のほうに一年前と違うものがあった。
「預貯金審査、というやり方があります」
収入ではなく、通帳の残高を見てもらう審査だ。どの保証会社でも使えるわけではないし、目安になる残高も会社によって違う。それでも、お仕事がない状態で部屋を借りる道が、ないわけではない。
ミサキさんの目が、少し大きくなった。
「それ、一年前に聞いていれば」
「すみません。でも、一年前は、初期費用のほうが先でしたから」
ミサキさんは、小さく笑った。「そうですね」と。
1DK、九万円
部屋探しは、三回の案内で決まった。
1DK。家賃は九万円ほど。駅から少し歩くが、学区の中で、保育園にも近い。子供二人と三人で住むには、正直、広くはない。でも、ミサキさんは迷わなかった。
「ここなら、三人で寝られます」
それが決め手だった。
申込書を書いてもらい、預貯金審査に必要な書類を揃えて、保証会社へ。数日後、審査が通った。
契約の日。ミサキさんは初期費用の振込確認書を出して、契約書に名前を書いた。
書き終えたとき、僕は何気なく言った。
「一年前は、お子さんが小学生と保育園でしたよね。もう一つ上ですか」
ミサキさんの手が止まった。
「……覚えて下さってたんだ」
その一言が、今でも残っている。
覚えていたのは、たぶん、「少し考えます」と帰った別居の相談の中で、本当にもう一度電話をかけてきた人が、ミサキさんだけだったからだ。

お祭りで
それから数か月後の、夏の夕方だった。
店の近くの神社で、小さなお祭りがあった。帰りに寄り道して、屋台を見ていたら、後ろから声をかけられた。
「あの」
振り返ると、ミサキさんがいた。両手に、子供が一人ずつ。小学生の子はりんご飴を持っていて、下の子は半分寝かけていた。
「改めて、いい物件を見つけてくれて、ありがとうございます」
いえ、と言うのが精一杯だった。
ミサキさんは「じゃあ」と軽く頭を下げて、子供二人を連れて、提灯の並ぶ参道を歩いていった。
その背中は、一年前にうちの店を出ていった背中と、同じ人のものだとは思えなかった。

説は、覆された
「別居を考えている人は、引っ越さない」
その説は、間違ってはいなかったと思う。今でも、ほとんどの方は引っ越さない。初期費用と審査の壁は、本当に高い。
でも、説というのは、たった一人で覆る。
一年かけてお金を用意して、無職のまま審査を通して、三人で寝られる1DKを選んで、お祭りで「ありがとうございます」と言いに来てくれた人がいた。
僕はあの日、「また来ないだろうな」と思った。それが、恥ずかしい。
これからも別居の相談は来る。初期費用の紙を書いて、審査の話をして、たいていの方は「考えます」と帰るだろう。
それでも僕は、もう「また来ないだろうな」とは思わない。
「少し、考えます」と帰った人が、一年後に電話をかけてくることを、僕はもう知っているから。


コメント