※この記事は、実際にあった出来事をもとに脚色した物語です。登場人物と物件は特定できないよう変えています。
3か月、決まらなかった
そのお客様とのお付き合いは、気づけば3か月目に入っていた。
お母さんと、小学4年生の息子さん。お子さんの転校にあわせての引っ越しで、条件はただ一つ、そして一番やっかいなものだった。
「この学区の中で、お願いします」
学区は住所で決まる。道一本向こうに出れば、もう別の学校だ。地図に赤ペンで囲んだ枠の中に、間取り、家賃、日当たり、全部がそろう部屋はなかなか出てこない。
新着が出るたびに電話をして、内見して、首を振られて、また探す。期限は夏休みが終わるまで。カレンダーの8月が一枚ずつ薄くなっていくのを、僕は毎朝見ていた。
8月29日、その部屋は出てきた
夏休みが残り3日になった朝、いつものように新着を見ていた僕の手が止まった。
学区の枠のど真ん中。2LDK。家賃も予算の内側。築年数も悪くない。
正直、目を疑った。3か月探して一度も出なかった条件が、全部そろっている。

すぐに電話をかけた。
「出ました。今までで一番いいです。ただ、この条件だとたぶん今日中に申込が入ります」
お母さんの返事は一言だった。
「申し込みます」
その日のうちに書類をそろえ、申込を入れた。1番手。電話を切ったあと、店の奥で小さくガッツポーズをしたのは、ここだけの話だ。
現地で、床が揺れた
申込を入れた翌日、僕は念のため一人で現地を見に行った。図面ではわからないことを、自分の目で確かめておきたかった。
建物の前に立って、すぐにわかった。
線路が、真横にある。
部屋に上がってベランダの窓を開けた瞬間、遠くから音が近づいてきた。
フォーン。
警笛が鳴り、電車が目の前を通り過ぎていく。窓ガラスがびりびりと鳴り、足の裏に、かすかな揺れが伝わってきた。キッチンに置かれていた管理会社のコップの水が、小さく波を立てていた。
5分もしないうちに、また次の電車が来た。
「こりゃあかん」

声に出ていた。3か月かけて、やっと見つけた部屋だった。でも、お子さんが毎晩ここで眠り、ここで宿題をするのかと思うと、とても「いい部屋です」とは言えなかった。
残念な報告のはずだった
店に戻って、受話器を握ったまましばらく動けなかった。
意を決して電話をかけ、見てきたことをそのまま伝えた。線路の真横であること。電車の音がかなり大きいこと。通過のたびに少し揺れること。
「申し訳ありません。申込は入れていますが、この部屋はおすすめできません。別の部屋を、もう一度探させてください」
電話の向こうが、少し静かになった。
そして、お母さんが笑い出した。
「あの、実はうちの息子、鉄道が大好きなんです。いわゆる鉄オタで」
「……はい?」
「線路の真横で、電車が見えて、音も聞こえるんですよね。それ、あの子にとっては最高の部屋です。そんな部屋を見つけてくださって、本当にありがとうございます」
受話器を持ったまま、僕は固まっていた。お詫びの電話をしたはずが、お礼を言われていた。

後日談
引っ越しが無事に終わったあと、お母さんが店に挨拶に来てくれた。そこで、転校の本当の理由を教えてもらった。
「実は、鉄道クラブのある学校を探していたんです」
あの学区のしばりは、鉄道クラブのある学校に通うためだった。そして、その学区で見つかった部屋は、線路の真横だった。
僕が3か月かけて探していたのは、学区の中の部屋ではなかった。電車が大好きな男の子の、夢の部屋だった。
最悪の部屋は、誰かの最高の部屋
あの日、ベランダで「こりゃあかん」とつぶやいた僕は、あの部屋を「最悪の部屋」だと決めつけていた。
うるさい。揺れる。落ち着かない。たしかに、多くの人にとってはそうだと思う。
でも、あの男の子にとっては違った。電車が5分おきに目の前を走り、警笛が聞こえ、床が少しだけ揺れる。それは、毎日がお祭りみたいな、世界で一番の部屋だった。
誰かにとっての最悪は、誰かにとっての最高になる。
部屋に、いい部屋も悪い部屋もない。あるのは、その部屋を最高だと思ってくれる人に、まだ出会えているか、いないかだけなのかもしれない。
引っ越しの日、段ボールを運び込みながら窓の外を見つめていた男の子の顔を、僕はたぶんずっと忘れない。

フォーン。
遠くで、また電車の音がした。
この仕事は、まだまだやめられないな。


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